2020年3月18日に成立し、同年4月1日に施行される米国・連邦法「ファミリー・ファースト新型コロナウイルス対策法(Families First Coronavirus Response Act: FFCRA)(以下、「新型コロナ対策法」という。)」の内容をまとめました。
米国における従来の病気、怪我および看病に伴う休暇に関する法整備を簡単に説明しますと、新型コロナウイルス感染拡大前に適用・運用されてきた主な連邦法である家族・医療休暇法(Family and Medical Leave Act: FMLA)は、75マイル圏内に50人以上の従業員がいる雇用者にのみ適用され、かつ、対象となる従業員は、直近12ヶ月間で1,250時間以上働いた従業員に限定されてきました。また、従来のFMLAは、雇用者に対して有給休暇の付与を義務づけるものではなく、 雇用者としては、対象となる従業員に無給休暇を与え、同じ役職・給与での復職を保障しさえすれば足りました。新型コロナ対策法によって、FMLAの適用場面は一部拡大されましたが(後記の休校・保育所の閉鎖に伴う12週間の有給休暇の部分)、適用された場合に雇用者に課される義務の内容自体は、基本的には制定後も変更はありません。
このように、連邦法であるFMLA上(改正前)では、一部の雇用者に無給休暇の付与を義務付けているに過ぎませんでした。また、一部の州や地方自治体(群や市)では、傷病休暇法(Sick Leave Act)を制定し、従業員やその家族の病気、怪我あるいは看病の際に雇用者に有給休暇の付与を義務付けていますが、そのような州や自治体は限定的でした(今回の連邦レベルでの新型コロナ対策法成立を受け、今後、州法レベルや地方自治体の条例レベルで、同法をさらに拡充・充実させる形で法整備が進むと考えられます)。
したがって、従来、米国における有給休暇は、主に各雇用者の裁量に任されてきました。その結果、有給休暇は、おおむね、就業規則(Employee Handbook)等の社内規則によって与えられる有給休暇(Paid Time Off: PTO)や傷病休暇(Sick Leave)のほか、雇用者が任意で加盟する短期・長期の所得補償保険(Short-Term/Long-Term Disability Insurance)によって実現されてきました。
今回の新型コロナ対策法は、従来の法制度を大きく変え、多くの雇用者に対し、新型コロナウイルスに関連する法令で指定された理由により休職せざるをえなくなった従業員への有給休暇の付与を義務付ける内容となっています。以下、具体的にみていきましょう。
- 施行期間
2020年4月1日~2020年12月31日
- 対象となる雇用者
従業員数が500人以下の民間企業および一部の公的機関
- 従業員50人以下の雇用者は、有給休暇付与の義務付けにより「事業の継続可能性が脅かされる(“jeopardize the viability of the business as a going concern”)」という要件を満たす場合、「休校または保育所の閉鎖や子供の預け先の確保が不可能という理由」による有給休暇について、付与義務を免れます。この要件の具体的な基準や立証方法は、2020年4月以降の規則の制定により、明らかになります。(この例外規定は、従業員に有給休暇を与えていては経営が立ち行かなくなる個人経営・家族経営の中小企業を念頭においていると考えられ、日系企業等の外資系企業の米国現地法人に対してもこの例外規定が適用されるかどうかは現在のところ明確ではありません。)
- 従来のFMLAは、従業員が50人以上の雇用者にのみ適用されましたが、新型コロナ対策法は、より適用範囲が広く、【注1】の例外にあてはまらない限り、従業員数が500人以下のすべての民間企業(および一部の公的機関)に適用される点に注意が必要です。
- 従来のFMLAでは、75マイル以内に50人以上の従業員がいるかどうかという基準が用いられていましたが、新型コロナ対策法は、米国内の単体の企業の中に500人の従業員がいるかどうかという基準が採用されています。
労働省は、従業員数の算定に関して、以下のルールを定めています。
- 休職中の従業員もカウントする
- 派遣社員・契約社員もカウントする(直接雇用関係にあるかは問わない、人材派遣会社所属の者もカウントする)
- 日雇い労働者もカウントする(直接雇用関係にあるかは問わない、人材派遣会社所属の者もカウントする)
- 独立契約者(Independent Contractor)はカウントしない
- グループ会社(親会社、子会社、関連会社)の従業員は合わせてカウントしない、あくまでも単体の企業(一法人)の中に何人いるかをカウントする
- 有給休暇付与の義務付けの概要
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- 従業員が、連邦政府、州政府、地方自治体の命令または医療従事者の指示により隔離措置の対象となっている場合、または新型コロナウイルスの症状が出ており、医療機関の診断を待っている場合には、雇用者は、当該従業員に対し、2週間(最大80時間)の有給休暇を付与し、その期間中給与の全額を支払わなければならない。
- 従業員が、①連邦政府、州政府、地方自治体の命令または医療従事者の指示により隔離措置の対象となっている者の世話をしなければならない場合、②新型コロナウイルスを理由とした休校もしくは保育所の閉鎖により18歳以下の子供の世話をしなければならない場合、または③連邦保健福祉省が定める「新型コロナウイルスに類似した症状」が出ている場合、雇用者は、当該従業員に対し、2週間(最大80時間)の有給休暇を付与し、その期間中給与の3分の2を支払わなければならない。
- 30日間以上雇用されている従業員が、新型コロナウイルスを理由とした休校もしくは保育所の閉鎖により18歳以下の子供の世話をしなければならない場合、雇用者は、当該従業員に対し、上記(B)の2週間に加えて、さらに10週間の有給休暇を付与し、その期間中給与の3分の2を支払わなければならない。
上記(A)~(C)いずれも、法令において給与額に上限が設けられておりますので、後記「 給与の支払額と上限の設定」をご参照ください。
- 休職の理由
新型コロナ対策法では、以下の(1)~(6)の理由により従業員が休職せざるをえない(在宅勤務・リモート勤務ができない)場合に限り、雇用者に従業員への有給休暇の付与を義務付けています。
- 従業員が、新型コロナウイルスに関連する連邦政府、州政府、地方自治体の命令(外出禁止令も含む)により隔離措置・自宅隔離の対象になっている場合
- 従業員が、新型コロナウイルスに関連して、自宅隔離するよう医療従事者の指示を受けている場合
- 従業員に、新型コロナウイルスの症状が出ており、医療機関の診断を待っている場合
- 従業員が、上記(1)または(2)に該当する者の世話をしている場合
- 従業員が、新型コロナウイルスを理由とした学校の休校もしくは保育所が閉鎖したことまたは子供の預け先の確保が不可能であることにより、18歳以下の子供の世話をしている場合
- 従業員に、連邦機関である保健福祉省(Health and Human Services)が財務省(Department of Treasury)および労働省(Department of Labor)と協議の上定める「新型コロナウイルスに類似した症状」が出ている場合
- 在宅勤務が可能な従業員には、たとえ休校や保育所の閉鎖があって子供の面倒をみなければならない場合でも、新型コロナ対策法に基づく有給休暇の付与は義務付けられていません。大半の事務職の従業員は、在宅勤務が可能ですので、適用がありません。もちろん、在宅勤務をする以上、雇用者には通常どおり給与を支払う義務があります。
したがって、新型コロナ対策法は、工場、レストラン、小売店など、職場に行かなければ業務に従事できない従業員を救済する側面が強いと言えます。
- 新型コロナウイルスに直接的・間接的に起因する、工場、レストラン、小売店等の一時閉鎖(シャットダウン)自体は、上記(1)~(6)の理由に含まれていないことに注意が必要です。
連邦法とは別に、多くの州や地方自治体が、それぞれ異なった外出禁止令、自宅待機令等を出しています。
上記理由(1)の「州政府、地方自治体の命令により」という文言に関連して、適用される州や地方自治体の命令によりどの範囲の従業員や雇用者が隔離措置の対象となっているのか、注意深く検討する必要があります。
例えば、自治体の命令によっては、連邦機関である国土安全保障省(Department of Homeland Security)が発表した重要産業(以下のリンク参照)に該当する事業に従事する労働者は、外出禁止令の対象としないと明記している場合があります。
https://www.cisa.gov/identifying-critical-infrastructure-during-covid-19
この国土安全保障省の基準に従うと、多くの製造業が重要産業に含まれます。
したがって、雇用者の事業が重要産業に該当するとして事業閉鎖命令の対象外となり、その結果として、従業員が外出禁止令の適用外となった場合は、たとえ、経営判断により工場を一時閉鎖したとしても、新型コロナ対策法の適用は受けないことになります(州や地方自治体の命令による強制的閉鎖ではなく、自主的・任意的な閉鎖であると扱われるためです)。その結果、企業が、工場などの閉鎖に際して全従業員に有給休暇を付与にしたとしても、新型コロナ対策法に基づく連邦政府からの扶助(後述の通り、税金控除)は受けられませんので、注意が必要です。
(なお、雇用者の事業に従事する労働者が外出禁止令の対象から外れている場合、通勤中の従業員が警察その他の法執行機関に見とがめられ、外出禁止令違反で罰金等のペナルティを受けることのないよう、当該事業に従事する労働者は外出禁止令の対象外である旨を説明した雇用者の文書を用意し、従業員に携帯させることをお勧めします。)
- 有給休暇の付与は、従業員が「休職」する場合に義務付けられており、(新型コロナウイルスの影響の有無にかかわらず、業務上の都合による)辞職、解雇または暫定的レイオフの場合には、雇用者に有給休暇の付与義務はありません。レイオフや解雇の場合は、各州の規制に基づいた失業保険が適用されます。なお、新型コロナ対策法では、失業保険の安定供給のための措置についても規定が設けられています。
- このように、連邦法である新型コロナ対策法は、適用範囲が限定されており、新型コロナウイルスに関連して仕事上の影響を受けたすべての人を救済する法律とはなっていません。今後、連邦レベルで新たな法案が可決されるか、あるいは州レベルまたは群・市等の地方自治体レベルで今回の新型コロナ対策法を拡充したさらなる救済法や条例が整備されていくでしょう。
- 上記(1)~(6)のいずれの理由も、新型コロナウイルスとの関連性を明記しています。したがって、新型コロナ対策法は、新型コロナウイルスと無関係な理由による休職や今後発生しうる他のウイルスによるパンデミックには適用されません。
- 休職期間
休職期間は、休職理由のカテゴリーによって異なります。
- 従業員が、新型コロナウイルスに関連する連邦政府、州政府、地方自治体の命令(外出禁止令も含む)により隔離措置・自宅隔離の対象になっている場合
- 従業員が、新型コロナウイルスに関連して、自宅隔離するよう医療従事者の指示を受けている場合
- 従業員に、新型コロナウイルスの症状が出ており、医療機関の診断を待っている場合
- 従業員が、上記(1)または(2)に該当する者の世話をしている場合
- 従業員が、新型コロナウイルスを理由とした学校の休校もしくは保育所が閉鎖したことまたは子供の預け先の確保が不可能であることにより、18歳以下の子供の世話をしている場合
- 従業員に、連邦機関である保健福祉省(Health and Human Services)が財務省(Department of Treasury)および労働省(Department of Labor)と協議の上定める「新型コロナウイルスに類似した症状」が出ている場合
理由(1)~(4)および(6):フルタイム従業員の場合、最大80時間(週40時間勤務を前提に2週間分)、パートタイム従業員の場合、2週間の平均勤務時間
理由(5):フルタイム従業員の場合、週40時間勤務を前提に最大12週間、パートタイム従業員の場合、休職期間(最大12週間)の平均勤務時間
- 給与の支払額と上限
休職理由のカテゴリー別に、新型コロナ対策法でカバーされる給与の上限が設定されています。
【再掲】
- 従業員が、新型コロナウイルスに関連する連邦政府、州政府、地方自治体の命令(外出禁止令も含む)により隔離措置・自宅隔離の対象になっている場合
- 従業員が、新型コロナウイルスに関連して、自宅隔離するよう医療従事者の指示を受けている場合
- 従業員に、新型コロナウイルスの症状が出ており、医療機関の診断を待っている場合
- 従業員が、上記(1)または(2)に該当する者の世話をしている場合
- 従業員が、新型コロナウイルスを理由とした学校の休校もしくは保育所が閉鎖したことまたは子供の預け先の確保が不可能であることにより、18歳以下の子供の世話をしている場合
- 従業員に、連邦機関である保健福祉省(Health and Human Services)が財務省(Department of Treasury)および労働省(Department of Labor)と協議の上定める「新型コロナウイルスに類似した症状」が出ている場合
理由(1)、(2)または(3):給与全額を支給。1日あたり上限$511、2週間の合計の上限$5,110。
理由(4)または(6):給与の3分の2を支給。1日あたり上限$200、2週間の合計の上限$2,000。
理由(5):給与の3分の2を支給。1日あたり上限$200、12週間の合計の上限$12,000。
- 雇用者は、福利厚生として従業員に付与している有給休暇(PTO)や傷病休暇(Sick Leave)の前に、新型コロナ対策法に基づく有給休暇を付与しなければなりません。
- 給与の3分の2しか支払われない場合、従業員は、残りの3分の1を有給休暇(PTO)や傷病休暇(Sick Leave)の消化により、補填する選択をすることができます。雇用者はこの補填を従業員に強制することはできません。
- 新型コロナ対策法に基づいて付与される有給休暇は、未消化であっても、次の年に持ち越すことはできません。また、従業員の解雇、辞職、定年その他の離職の際には、従業員は、新型コロナ対策法に基づいて付与される未消化の有給分について、雇用者に現金による払戻しを求めることはできません。
- 雇用者が提供する健康保険による新型コロナウイルス検査費用等の全額負担の義務付け
雇用者は、従業員に提供している健康保険の適用範囲を拡大し、新型コロナウイルスの検査を受けられるようにしなければならず、検査費用の全額について保険の対象としなければりません(従業員の負担額はゼロ)。検査だけでなく、検査に至るまでの緊急外来(Emergency RoomやUrgent Care等)の医療機関の受診(電話相談サービスも含む)についても保険の対象とし、雇用者が全額を負担する必要があります。
他方、新型コロナ対策法では、新型コロナウイルスに感染していると診断された後の保険のカバーや医療費負担については定められておらず、従来どおりの健康保険が適用されます。
- 税金控除
新型コロナ対策法に基づいて、雇用者が従業員に有給休暇を付与した場合、給付分全額につき、税額控除(Tax Credit)が受けられます。連邦政府から直接、雇用者に助成金(キャッシュ)が支払われるわけではない点に注意が必要です。また、新型コロナウイルス検査の完全負担義務付けによる保険料の増加分や医療費の負担分についても、全額につき、税額控除が受けられます。
ただし、連邦税が発生しない場合、または有給休暇の付与分や負担分の合計が雇用者の連邦税を超えてしまう場合は、新型コロナ対策法に基づく税金控除の恩恵を100%受けられない可能性があるため、税務申告を担当されている会計士・税理士の方にご相談されることをお勧めいたします。
米国内国歳入庁(IRS)が新型コロナ対策法に基づく税額控除の具体的な適用方法を発表していますので、以下のリンクをご参照ください。
- 雇用者の通知掲載義務
前述のように、新型コロナ対策法は、従業員数が500人以下の民間企業および一部の公的機関に適用されます。適用対象となる雇用者は、施設内の人目に付く場所(従業員の休憩室、廊下の掲示板やキッチン等、全従業員の目にふれる場所)に、新型コロナ対策法に関する通知を掲載しなければなりません。
在宅勤務・リモート勤務の従業員がいる場合には、①Eメール、②郵送、③社内オンライン掲示板、ウェブサイト等で、全従業員への周知を徹底することが必要となります。
労働省が以下のリンクで1ページにまとめた掲載例を載せていますので、こちらの利用をお勧めします。
https://www.dol.gov/sites/dolgov/files/WHD/posters/FFCRA_Poster_WH1422_Non-Federal.pdf
- 報復・差別の禁止
雇用者は、新型コロナ対策法に基づいて有給休暇を取得した従業員および同法に基づいて訴訟の提起や手続きを開始した従業員に対し、解雇、懲戒その他の報復的措置や差別的取扱いをしてはいけません。
- 違反の際の罰則・制裁
新型コロナ対策法に違反した場合(通知掲載義務違反も含む)、FMLA上の罰則・制裁規定が課されます。2020年4月1日の施行日から30日間の猶予期間が設けられています。施行日から完璧に同法を遵守できていればそれに越したことはありませんが、猶予期間中に、雇用者が「合理的かつ誠実に(“reasonable and in good faith”)」同法を遵守しようと行動している場合には、罰則・制裁を課されることはありません。「誠実に(“in good faith”)」という要件は、猶予期間中に違反があったとしても、その後、可及的速やかに違反を治癒した場合に認められます。例えば、猶予期間中に、有給休暇の不払いが生じたものの、速やかに全額の支払いを行ったり、必要な通知の掲載を行えなかったが、速やかにこれを行った場合などが、これにあたります。
- 参考ページ(英文)
労働省の以下のまとめページとQ&Aが非常に参考になります。
Families First Coronavirus Response Act: Employer Paid Leave Requirementshttps://www.dol.gov/agencies/whd/pandemic/ffcra-employer-paid-leave
Families First Coronavirus Response Act: Questions and Answershttps://www.dol.gov/agencies/whd/pandemic/ffcra-questions
※免責事項:上記の内容は、一般的な説明に過ぎません。具体的な状況に応じた法的助言又は専門家意見として解釈しないようご留意ください。
執筆:Smith, Gambrell & Russell法律事務所
米国弁護士 小島清顕 kkojima@sgrlaw.com
米国弁護士 猪子晶代 ahewett@sgrlaw.com
Smith, Gambrell & Russell法律事務所・事務所紹介
SGR法律事務所は、1893年に創設された創業125年超のジョージア州アトランタ市発祥の米国総合法律事務所です。全米各地にオフィスを構え、約250人の弁護士が所属しています。取扱分野は、法人設立、各種契約、M&A・合弁・業務提携、雇用・労務、訴訟・紛争、企業誘致・助成金交渉、貿易・通商関連、環境、建設、不動産、知財、倒産、税務、遺産相続計画、年金・福利厚生、海事、サイバーセキュリティ・情報保護法、移民法・ビザ等、企業法務全般をカバーしています。全米法律事務所ランキング・トップ200(Am Law 200)にも継続して選出されています。日本チームは、上記の総合法律サービスを日本語により提供しています。詳しくは、SGR法律事務所の日本語ページをご参照ください。ご不明な点、ご質問等ございましたら、お気軽にご相談ください。
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